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概要

下妻市勢要覧2014

まずは名所・旧跡をご案内!あた素りく敵まさなすん場よ所が2SHIMOTSUMA STORY下妻・いいとこ案内人!「おもてなしの心」で、下妻市への来訪者や市民が「いいな!」と感じ笑顔になれるまちづくりを進めています。下妻いいとこ案内人の会の皆さんに、ご案内してもらいましょう。いいとこ案内人いいとこ案内人「おもてなしの心」で素敵な下妻の魅力をご紹介しますてみるのもよいものです。ちの苦労や喜びに満ちた足跡を、のぞき見ります。市内各地の史跡をめぐり、先人た折々に史実の舞台となってきたことがわか中にあってその影響を色濃く受けながら、このように、下妻の地も大きな歴史の跡として遺されています。賀繰谷り氏広はげ、ら下れ妻ま城しをた築。き、15世紀に進出した多今も本丸跡が史方の南拠北点朝で時あ代っ(た1大3宝3城6を?めぐ92年)には南朝り、戦いがもたらしたことでしょう。ます。その教えは人々の心に変化と救いを市指定の史跡として草庵跡が保存されてい鸞が小島に3年ほどとどまったといわれ、?1333年)には浄土真宗の祖である親く知られるところです。鎌倉時代(1192乱(935年)の舞台となったことは、よ平安時代中頃には、下妻の地が平将門のした。ながらも、たくましく暮らしを営んできまようなできごとが展開し、人々は翻弄されす。それらを背景に、時代時代を象徴するには沼地が広がる水の豊かな自然環境で市域は鬼怒川と小貝川に挟まれ、中央部生に思いを馳せることができるでしょう。像がかき立てられ、当時を生きた人々の人れらを訪ね由来を知ることで、史実への想まざまな名所・旧跡が遺されています。そ跡も見られるなど、歴史の深さを物語るさす。ここ下妻にも、古くは旧石器時代の遺と重ねられてきた歴史の上に存在していまふだん意識はしなくても、私たちは営々重ねられてきた人の営み水の豊かな自然環境を背景に【小島草庵跡】浄土真宗の開祖・親鸞聖人は、越後流罪の後、建保2(1214)年に妻子を伴って常陸国に入り、最初に居住したのが小島草庵跡(市指定文化財)だといわれています。親鸞はここに3年間とどまり、布教活動に励みました。今も草庵跡には、大銀杏「稲田恋しの大銀杏」が枝を広げ、4基の五輪塔も並んでいます。【大宝八幡宮】社伝によると、大宝元(701)年に藤原時忠が筑紫の宇佐八幡宮を勧請創建したとされます。境内は南北朝時代の争乱の主舞台となった「大宝城跡」(国指定史跡)の一部です。八幡宮本殿は三間社流造で、安土桃山時代(1577年)の建築。境内北側には約5000株のあじさいが植えられ、祭事にはたくさんの人で賑わいます。【多賀谷城本丸跡(下妻城跡)】下妻市指定文化財である多賀谷城跡(下妻城跡)は、戦国時代の大名・多賀谷氏の居城です。完成は15世紀中頃といわれています。その後、多賀谷氏は谷田部、水海道以南にまで領土を拡大しましたが、慶長5(1600)年の関ヶ原の戦いに散陣しなかったために城地没収のうえ追放されました。現在、本丸跡は「多賀谷城跡公園」として市民の憩いの場になっています。SHIMOTSUMA CITY●08