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概要

下妻市勢要覧2014

Chapter 4 Witnesses to the AgesThe enduring history of Shimotsuma begins inancient times. Photographs can be thought of as the“living witnesses”of the ages that tell us the story ofShimotsuma’s course of history as a garden city blessedwith rich land and pure water.Throughout primitive, ancient, medieval, and moderntimes, Shimotsuma has been entangled in the flow ofhistory as various rulers emerged to reign over its lands.4SHIMOTSUMA STORY時代の証言者たち下妻の歩みを、時代の生き証人ともいえる「写太古からの悠久の歴史をもつ下妻市。その清らかな水と豊かな大地に恵まれた田園都市・真」が、語りかけます。【原始?古代】下栗の野方台遺跡からは、300軒を超える竪穴住居跡が重なりあって発見されました。古墳時代から平安時代までの長期にわたり集落が営まれていたことがわかっています。【中世】市指定文化財の浅間塚古墳は、6世紀から7世紀頃、平方や久下田(八千代町)などに水田を開いた豪族の墓と考えられています。全長40m、後円部の高さ5.35mの典型的な前方後円墳です。親鸞聖人が妻の恵信尼や子どもとともに、この小島草庵に3年ほどとどまり、関東で初めて布教活動を行ったといわれています。草庵跡には「親鸞聖人御旧跡」「三歳御住居」の古碑が残っています。多賀谷氏が築いた多賀谷城本丸跡(下妻城跡)は、湿地に囲まれた難攻不落の名城といわれました。多賀谷氏はこの城を本拠地として、戦国大名としての勢力を拡大していきました。【近世】妙円寺には、正徳2(1712)年に下妻1万石の大名となった井上家代々の墓があります。もともと東京にありましたが、後嗣者がなく無縁仏になるのを避けるため、昭和47(1972)年に藩士の子孫がこの地に移しました。鬼怒川に設けられた宗道河岸は、「鬼怒川筋の三大河岸」のひとつで、江戸と常陸・下総を結ぶ高瀬舟の発着所でした。江戸・明治・大正にかけて、舟運の要所として繁栄しました。SHIMOTSUMA CITY●18