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概要

下妻市勢要覧2014

整理統合から激動の時代を経て1871(明治4)|―1945(昭和20)【明治】明治頃の本宗道坂下街。宗道村の中心部に常総鉄道が開通する以前の下妻街道の様子。通り沿いの民家を見ると、瓦葺きと茅葺きの屋根が混在しています。明治期の大宝沼の様子。大宝沼は、130年以上も溜め池として利用されてきましたが、大正から昭和にかけて干拓され、耕地が造成されました。【大正】大正に入り、下妻のまちにも汽車が通り、電灯がつき、自動車が走るなど、徐々に新しい技術が導入され、変化を遂げていきました。大正初期の県立下妻中学校。県内2番目の旧制中学校として、県西地区の中等教育を中心的に担うために創立。現在の県立下妻第一高等学校です。【昭和前期】コンクリート護岸工事(昭和16年開始)が行われる前の砂沼。湖岸は桜並木に囲まれ、豊かな緑に包まれていました。右手の森は円福寺と近江屋(谷酒造)の突端で、ボートの先中央に見えるのが愛宕山です。(昭和初期)海軍記念日に子どもたちが戦勝祈願のため神社へ参拝した時の記念写真。小学校は国民学校と改称され、児童にも初歩的な軍事教育がなされました。(昭和17年)SHIMOTSUMA CITY●20