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概要

下妻市勢要覧2014

SHIMOTSUMA STORY ?時代の証言者たち【昭和(戦後)】1954(昭和29)下妻町、総上村、高道祖村、上妻村、豊加美村が合併して下妻市に玉村の一部が宗道村に編入。昭和30年に宗道村、大形村、蚕飼村が合併して千代川村に1956(昭和31)全国青年体育大会バレーボールの部で、市青年会総上チーム全国優勝1957(昭和32)下妻家畜市場設立1960(昭和35)市商工会が法人となる1961(昭和36)小貝川の祝橋が完成、集中豪雨、農作物に1億8千余万円の被害1962(昭和37)ヘリコプターによる第1回空中防除実施1963(昭和38)小学校にミルク給食を開始1964(昭和39)市制施行10周年記念式典1965(昭和40)市内各農業協同組合が統合し、市農業協同組合に1966(昭和41)都市計画道路坂本?小野子線(旧国道294号線)完成(現・県道谷和原筑西線)1967(昭和42)市消防庁舎完成1968(昭和43)交通安全宣言都市となる1969(昭和44)下妻食肉センター完成、市役所新庁舎竣工1970(昭和45)救急業務開始1971(昭和46)県西畜産開発公社の下妻畜産市場完成1972(昭和47)都市計画道路堀篭?長塚線(国道125号線)完成1973(昭和48)梨共同選果場(農協立)完成市制施行20周年記念式典華やかな街灯の上町通り(昭和30年頃)バレーボール全国優勝の写真(昭和31年)市役所の新市庁舎完成(昭和44年)福祉や文化活動も充実した心の豊かさを求め日本経済の発展とともにFrom municipal organization to the period of rapid growth(1954~1973)In 1954, several towns, villages, and rural districts were merged,and the city of Shimotsuma was born. Focus was then placedon creating a foundation for Shimotsuma some time after it wasincorporated as a city, and infrastructure and public facilities wereimproved.Eventually, the city began to develop secondary industries andworked proactively to attract companies to the area. With thecity’s industrialization policy, more places to work were created,which resulted in stopping the population outflow. This also led tolively commercial activity within the city.昭和(戦後)下妻映画劇場(昭和51年)歩道橋の下でのテープカット商店街の風景活動も活発化しました。果がありました。それとともに、市域の商業働く場が増え、人口流出に歯止めがかかる効取り組みました。工業化政策によって市民の産業の開発に乗り出し、企業誘致に積極的に昭和43(1968)年頃から、市は第2次た。食肉センターや家畜市場の建設も相次ぎましなども登場します。畜産業を支え発展させる、る農家が増えるに従い、機械化された選果場められる時代となり、野菜や果物の栽培をすいきます。稲作中心だった農業は多角化が求まちの基盤となるインフラや施設が充実して沼荘オープンなど、高度成長の波に乗って、市立幼稚園第1号、広域老人福祉センター砂道谷和原筑西線)の開通、市消防庁舎完成、昭和40年代には、旧国道294号(現・県のし基ま盤しをた整。えそるれこかとらに最力初がの注が10年れはま、し市たと。して国でも珍しい町村合併により、下妻市が誕生と合併。真壁・結城・筑波3郡にまたがる全に上妻と総上、豊加美、高道祖の3郡4カ村騰波ノ江村が合併してできた下妻町が、さら昭和29(1954)年、旧下妻町と大宝村、市民生活も豊かに飛躍的な経済成長とともに3郡4カ村合併で下妻市が誕生。23●SHIMOTSUMA CITY