横瀬夜雨 (詩人) 明治11年1月1日生まれ~昭和9年2月14日没
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横瀬夜雨の肖像画 |
横瀬夜雨(本名・虎壽)は、明治11年1月1日(市内・横根)に生まれました。17歳の時、文芸誌「文庫」に「神も仏も」を投稿したのをきっかけに「夕月」「花守」「夜雨集」などの誌集で高い評価を受けました。
そのかたわら、私塾を開いて農民の青少年に勉強を教えたり、新聞の歌欄を通じて県内に多くの詩人・歌人を育て、56歳で惜しまれながらこの世を去りました。
横瀬夜雨の生家近く、小貝川の湖畔に立つ、「やれだいこ」の詩碑は「花なる人の恋しとて 月に泣いたは夢なるもの やぶれ太鼓はたたけど鳴らぬ 落る涙を知るや君」と刻まれています。
横瀬夜雨生家
二階建、入母屋造りの生家は安政年間(1854~1860)の建造と伝えられている。屋根は茅葺きの堂々たるものであったが、生誕百年記念の際、今のものと葺きかえられた。
横瀬夜雨記念室(ふるさと博物館内)
詩人として多大な功績を残した横瀬夜雨の人物像や文学を、写真パネルや直筆の原稿、書簡等で展示し、さらに「横瀬夜雨の生涯」「詩の世界」をビデオでも紹介。夜雨の詩の世界に親しむことができます。